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社長ごあいさつ

株式会社 神戸デジタル・ラボ 代表取締役社長  永吉一郎

KDL WAY

  株式会社神戸デジタル・ラボ(KDL)はあの悪夢の様な阪神淡路大震災の年、1995年10月に神戸で設立されました。私は大学卒業後、京セラ株式会社で光学機器の開発、商品企画をしておりました。国内および海外の生産拠点が多い事業部で、新機種を手がけるたびに海外、国内問わず転々としていました。仕事は大変有意義で楽しかったのですが、 いろんな土地に住んでみて分かったことはやはり神戸が一番自分に合う場所だということでした。いつか機会があれば帰りたい。そんな事をぼんやりと考えていました。

  私の父親は神戸で広告会社を経営しておりましたが、1991年に突然倒れ、1994年に亡くなるまで意識不明の状態が続きました。父親が倒れると同時に私がその広告会社を引き継ぐことになったのですが、まったく父親と違う分野で仕事をしていた私にとってあまりにも経験のない世界でした。よく「3重苦」と自嘲的に言っていたのですが「会社経営」「営業」「広告」 この全てが私にとっては初体験だったのです。

  しかし泣き言ばかりも言ってられませんので新たな気持ちで仕事に取り組むきっかけを探し、目を付けたのは業務のOA化でした。広告会社は当時かなりの大手企業でも情報産業と自称しながら実は自社内はほとんど情報化されていませんでした。情報化と言ってもパソコンを単体で利用するだけですから現在とは格段の隔たりがあるのですが、少なくともデザイン・企画書などの制作業務はコンピュータ化しました。営業も見積もり、納品書など手書きが主流の時代ですから、少しでも付加価値の高い仕事をしていると自覚するためにもコンピュータの導入は不可欠だと考えました。 しかし残念ながら当時はまだPCが高価で、ワンセットで100万円ほど掛かる時代でした。幸いにも会社は堅実かつ収益体質で、若干の投資は可能な状態でしたから利益のほとんどをつぎ込んで全面的にOA化を図りました。中小企業としては不相応な投資だと良く言われましたが、結果的にその会社はネットワークとPCを手に入れたのです。

  当時はインターネットはまだ一般的ではありませんのでISDNとコンピュータ通信で会社と社員の自宅のコンピュータを接続できるようにしました。全社員会社と家庭に一台ずつ配置して短期間でコンピュータになじめる環境作りを心がけました。その結果、単純労働時間を短縮 することができ、付加価値の部分に生産性を発揮できるようになったのです。

  そんな中、突然神戸を震災が襲いました。当時その広告会社は神戸の中心、JR三宮駅前にあった神戸の象徴とも言われた神戸新聞社ビルに入居していました。それがたったの45秒でがれきの山になってしまったのです。せっかく頑張ってきたけれどもこれで終わりだなあ、というのが地震直後にビルの前に立って感じたことでした。 まあ、元々サラリーマンだしまたやり直せばいいや、位にしか思っていませんでした。しばらくはすることがありませんから社員の安否を確認した後は食料配給のボランティアをしていました。幸いにも社員およびその家族から犠牲者は一人も出ませんでしたから、一番悲しい思いはしなくて済みました。そんな風に1週間ほどすごしていたある日、役員の一人から電話が掛かってきました。

   「仕事どうします?」
「そうですねえ。今すぐは動きようがないでしょう。」
「制作データは ありますよ。」

  結局社員の持つデータだけでは不十分で、瓦礫の山と化した神戸新聞社ビルにゼネコンの管理者に何があっても文句は言いませんと一筆書いて事務所に入りました。そこで回収したMOディスク3枚。バックアップデータとこのディスクだけで業務を再開できました。その結果、一旦はつぶれると覚悟した会社でしたがなんと過去最高の売上・収益を計上できました。 後で振り返ってみれば当時神戸で震災後たったの1ヵ月で営業再開した広告会社は無かったのです。

  そのときに私の心にはある確信が芽生えました。PCとネットワークで会社は救われた。これは何にも代え難い価値である。まだまだ一般の企業には普及していない。すごいビジネスチャンスだ、と。そして会社設立の準備をはじめました。そして1995年10月、私が初めて自分で設立した会社が神戸の六甲アイランド、神戸ファッションマートで産声を上げました。

  時代は我々の考える以上のスピードで進んでいました。会社設立2ヶ月後にマイクロソフト社がWindows95を発売しました。このネットワーク対応OSは空前のヒットとなり、ほぼ同時に始まったインターネットの商用利用との相乗効果でPCを安価で高性能なビジネスプラットフォームに変えてしまいました。1981年IBM PCで始まったコンピュータのオープン化はここに一つの完成を見たわけです。

  それと同時にコンピュータシステムの市場をベンダーの一方的な都合によるユーザ囲い込みからオープンでフェアなものに変えてしまいました。これからは勝負所はモノではない。課題解決を支える知恵と技術力のみが競争力を持つ。それを低コストで提供できれば必ずニーズはあるはずだ。ここにベンチャーの存在意義がありました。

  ここで簡単に社名の由来に触れます。 自分が会社作ったら絶対社名に神戸を入れよう。そしてそれはデジタルで何でも課題解決する会社。知恵が勝負なら研究・開発のニュアンスを盛り込みたい。そんな単純な理由で「神戸デジタル・ラボ」という社名にしました。英語で書くとKobe Digital Labo Inc.です。後にイギリス人の社員に「最後のラボの短縮はおかしいよ、普通はLab.ですよ」と言われましたが、ロゴのバランスを重視してそのままにしています(本当はやり直すのが面倒だからですが)。

  最初は私を含めてスタッフ4名でスタートしました。当初はホームページ制作やシステムのインターフェイス設計・製作などをこなしながら徐々に業務システム開発へとアプローチして行きました。このプロセスを経てKDLは企画・デザインとソフトウェア技術両面に強い研究・開発型企業として評価されるに至っております。

  設立当初は大した設備も持てなかったのですが、ノウハウ・技術力さえあればパソコン一台で仕事ができるという所に着目、開発業務を客先環境でこなすプロジェクト常駐型開発という事業を始めました。弊社の技術者のマインドと技術の高さは顧客の折り紙付きです。その後プロジェクト発注・社内開発へと展開し、現在ではニュービジネスに取り組む大企業、堅実経営を続ける中堅企業、ニューエコノミー系ベンチャー企業の課題解決に取り組み、確実に結果を出す事でウェブ技術をベースとしたビジネス企画に強い企業として認知されるに至っています。

  以来、地元トップ企業を中心とした多くのお客様に対して常にオープンでフェアでチャレンジ精神を忘れず困難な課題を恐れないスタンスを貫き通しています。現在100名を越える社員が企画・デザイン業務からシステム開発、業務コンサルティングまで幅広くお客様のご要望にお応えしています。 また、WEBビジネスをクラッカーの攻撃から守るためのウェブセキュリティ事業では国内最高レベルのサービスを低価格で提供しています。

  採用に関しては中途採用、新卒採用共に定着率が高いこともKDLの特徴の一つです。独立系だからモノに片寄らないニュートラルな考え方ができる事、一人一人が知恵者になって顧客の成功に貢献する事。それが今の我々にできる最上のサービスだと考えています。

社長略歴
■略歴
1962年 神戸市生まれ
1985年 広島大学卒業・京セラ株式会社入社
光学機器事業部にてカメラ設計・海外工場における生産拠点立ち上げ・商品企画を担当
1991年 神戸で広告会社を経営する父親が急病のため倒れ、急遽帰神、代表取締役就任
1995年 株式会社神戸デジタル・ラボ設立、代表取締役就任
■その他役職
  • 総務省「地方の活性化とユビキタスネット社会に関する懇談会」委員(2006年~現在)
  • 神戸商工会議所情報化推進委員会副委員長(2001年~現在)
  • 社会福祉法人プロップ・ステーション理事(2000年~現在)
  • 神戸市「新たなビジョン懇話会」委員(2004年)
  • 関西経済連合会、関西IT推進本部、関西ITナビゲーター(2003年度)
  • 神戸市復興・活性化推進委員会委員(2003年~2005年)
  • 神戸学院大学客員教授(2003年度)
  • 神戸市政策提言会議委員(2001年~2006年)
  • 地域ICT推進協議会副代表幹事(2007年~現在)
  • 神戸商工会議所議員(2007年10月~現在)
  • 兵庫県 行財政構造改革会議 委員(2007年9月~現在)