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KDLの歩んできた軌跡

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History of KDL

KDL設立から20年の歩みを、KDL代表・永吉一郎のコメントや当時の写真や画像と共に振り返ります。

01

1995年

草創期

神戸初のデジタルコンテンツ&
ネットワークシステム専門会社として設立

1995年当時のKDL代表

阪神淡路大震災をきっかけに一念発起して会社を設立しましたが、「インターネット関連の仕事をする技術会社」というコンセプトしかなく、初年度はWEBサイト製作の売り上げ700万円に終わりました。事務所を六甲アイランドにしたのは震災で三宮にこれといった事務所が見つからなかったため。今から考えたら北野辺りでもよかったなと、しみじみ思います。

02

1996年

阪神淡路大震災文化復興支援CD-ROM「AUBE」発売
売上の一部を神戸文化復興基金に寄付
デジタルコンテンツ事業で大手企業との取引開始

決まった仕事もなく暇だったため、昔からやりたかった音楽の仕事を始めました。第一弾は震災から復興する神戸の街の音を背景に音楽家が演奏する曲と震災前後の神戸の街の写真集をミックスさせたマルチメディア作品「AUBE(フランス語で夜明けの意味)」を製作、発売しました。ここで得たノウハウでCD-ROM製作を開始し、地元大手企業の会社案内や新商品プレゼンの製作を請け負うようになりました。ちなみに、このCD-ROMの帯に入っているロゴは会社設立時に使用していたものです。名刺にもきっちり入れてました。2年ほどで使用を取りやめて現在のロゴに替えました。理由はロゴ部分だけで9色使いになり名刺がバカ高くついたためです。「名刺倒産するで。」と多くの友人に言われました。今ならデジタル出力で簡単ですが、当時はまだ製版してましたから。

プロップステーション 竹中ナミさん

1996年も終わる頃、突然茶髪のおばさまが六甲アイランドオフィスを訪れ、「ここ、えーなー。眺めもええし、FAXも電話もあるし、なんとインターネット引いてるやないの!広いし空いてるし、ちょっとあいてる隙間でええから貸してくれへんかなあ。あ、もちろん家賃は払わへんよ(若干脚色)」と、のたまわった。その豪腕女性が竹中ナミ氏、通称ナミねぇ、その人でした。以来今日まで19年、持ちつ持たれつで助け合ってきました。ナミねぇのお陰で出会えたスゴイ方々は10人や20人じゃききません。

03

1997年

ソフトウェア開発事業に着手

1997年当時のKDLサイトバナー

WEBサイトやCD-ROM制作を請け負ったお客様から言われた「おたくエンジニアいないの?いたらソフト開発頼むんだけどなあ。いたら現場に派遣して。」という言葉から技術者募集を開始。これが技術者派遣という仕事なのだと知ったのはずいぶん後になってから。

04

1998年

単年度黒字達成。事業をオープンシステム開発に特化

1998年当時のKDL代表

社員は30人余りに増えようやく単年度黒字達成!
やっと自分の給料が出るようになりました。

05

1999年

累損を一掃。三年連続売上前年度比150%を達成
ネット活用に特化したインターネットソリューショングループ活動開始

「インターネットの仕事、全然してませんが?」という社員の言葉で、そういえばそんな事やりたかったんだと思い出し、シアトルの企業からECパッケージを仕入れて「WEB-X」という名称で販売開始。それまで社内で管理し、よくダウンしていたWEBサーバー・メールサーバーを友人の会社に任せて、真面目にシステム開発を始めました。

06

2000年

ソリューショングループ人材強化
財務強化のため第三者割当増資を行う

2000年当時のKDLサイトバナー

社員を増やしすぎて年末に資金ショートを起こしました。今年乗り切れば明るい未来が待ってるのにと思いながら、初めて増資を実行。同時にインターネットソリューションの人材を強化しました。

07

2001年

6年連続増収達成
提案力の強化と開発の効率化を進める

2001年当時のKDLサイトバナー

技術者派遣から徐々に社内開発に
シフトを開始しました。

08

2002年

成長期

本社事務所を六甲アイランドから三宮に移転
医療分野、自治体分野の参入開始
大規模開発の増加とパッケージ製品開発投資で初の減収

2002年当時のKDLサイト

社員数60名。ふと気づくと六甲アイランドは離れ島で六甲ライナーという新交通に必ず乗らねばならず、社員数を考えたらその分家賃に回した方がもっと便利なところに事務所が持てるんじゃないか、という事で、突然三宮に移転しました。この頃、欲を出して医療と自治体分野に参入を試みるも、大規模開発とパッケージ開発でまたもや資金が繰り苦しくなると同時に、初の減収減益となってしまいました。

09

2003年

地元自治体系の案件受注が増加
医療オーダリングパッケージ
「NETMEDICO(ネットメディコ)」独自開発・発売開始。

10

2004年

神戸市みなと総局港湾管理システムを受注
大阪証券取引所のEUCシステムを受注
プライバシーマーク取得
ネットワークセキュリティソリューション「デジタルガーディアン」発売開始
ERPパッケージ「New RRR(ニュートリプルアール)」発売開始

2004年当時のKDL代表

初めてIT業界メディアの取材を受けた時の写真。ぎこちないですなあ。この時記事を書いていただいた美人ライターさんとは今でもFBで繋がっています。

11

2005年

中国・武漢に共同開発センター「華神軟件技術研究所」設立
本社事務所フロアを移転・拡張(同ビル内)
兵庫県と「男女共同参画社会づくり協定」を締結
事業拡大のため第三者割当増資を実施

12

2006年

首都圏での受注拡大のため、東京オフィスを開設

2005-2006年当時のKDLサイト

この時期に、パンフレットもウェブサイトも全面的に
リニューアルしました。
神戸に拠点を置きながら、日本全国で勝負できる企業にしていこうとの思いを反映しました。

13

2007年

ネットショップ構築ツール「web.tarte」提供開始
代表取締役・永吉一郎が「Japan Venture Award 2007」起業家部門で奨励賞受賞
(財)21世紀職業財団より「職場風土改革促進事業」対象企業の指定を受ける。兵庫県と「子育て応援協定」を締結

「Japan Venture Award 2007」
授賞式

起業後12年が経過しているタイミングでしたので驚きましたが、大変光栄でした。受賞企業が東京に多かったのですが、神戸でも十分渡り合っていける・評価していただけるのだと意を強くしました。

14

2008年

発展期

Webセキュリティ診断サービス「Proactive Defense」提供開始
ベトナム・カントー大学ソフトウェアセンター(CUSC)と協業し、オフショア開発を推進
広域神戸圏ビジネス&カルチャーニュース「神戸経済新聞」を創刊

15

2009年

環境省「チーム・マイナス6%」に参加
神戸市より「こうべ男女いきいき事業所」として表彰される

16

2010年

飲食事業の店舗として「和琉酒菜 空」の運営を開始
初のBtoC事業である「Baseball Times Online(現:野球キングダム)」サイトの運営を開始

2010年当時のKDLサイト

この時期になると、各種セミナーやメールマガジン、導入事例など、WEBサイトからの情報発信も活発になってきました。
関連サービスのバナーも増えてきています。

17

2011年

分散KVS(キーバリューストア)のNoSQLデータベース(okuyama)の開発・提供開始
Android端末向けセキュリティ診断サービスを開始

2011年当時のKDL代表

自社のエンジニアが創意工夫の末、創り上げたソフトウェアがオープンソースとして好評を博したことから、これを独自サービスとして提供しようと決めた年でした。
思えば、これ以降、他にも独自サービスが数多く生まれてくるようになりました。

18

2012年

NTT西日本とWEBセキュリティ診断事業の協業を開始
グローバル企業向け
WEBセキュリティ英語対応サービスを開始
WEBから店舗へユーザを誘導するO2O促進サービス
「Mashエリア」を提供開始
本社事務所フロアを拡張(同ビル内)
事業部制を導入

19

2013年

シンガポール子会社「KDL(SG)PTE. LTD.」を設立

20

2014年

飛躍期

京都大学と共同開発した「関係性エンジン」の提供開始
エンタープライズキュレーションサービス「Pronde」の提供開始
商品購入までを最短距離で導く「リッチサジェスト」の提供開始
EC構築ツール・運用支援サービス「ECsuites」の提供開始

2014年現在のKDL代表

2014年KDLサイトリニューアル

独自サービスのラインナップが揃い、どのようなお客様にも喜んでいただける体制が整いつつあることを実感しています。

2015年10月、KDLは設立20周年を迎えます。
これから更なる飛躍に向けて、
社員一同全力で頑張って参ります。どうか温かいご声援をお願いいたします。

※音楽付の動画です。再生時はご注意ください。


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