KDL BLOG
神戸デジタル・ラボ(KDL)は、北海道大学を中心に研究開発を進めている、「放牧基盤型飼養のためのIoTと宇宙技術による戦略的スマート畜産技術の開発」プロジェクトに参画しています。
「スマート畜産」とは、センサー技術や情報通信技術、ロボットなどを活用して、畜産の生産性向上や作業負担の軽減を図る仕組みのことです。例えば、牛や豚などの動物や畜舎に取り付けたセンサーでデータを収集して行動や健康状態、畜舎の環境を把握したり、ロボットによって餌やりや搾乳、清掃作業などを自動化するなど、さまざまな可能性があります。
今回は、KDLがプロジェクトで携わる、放牧牛への個体識別遠隔自動給餌システムの開発についてご紹介します。
日本の肉用牛の飼育現場と問題点
日本の牛肉は、品質を評価し価格を適正に保つなどの目的でランク付けされています。これは日本独自の文化で、このランクを高めるための飼育方法が根付いてきました。
海外(特に先進的な畜産国)では、多くの肉用牛は大規模な農場で放牧され、広大な牧草地で育てられます。肉用牛の繁殖には自然交配よりも人工授精や体外受精などの繁殖技術が広く使われており(地域や経営形態によって差はある)、15〜18ヶ月齢、総体重は499~635kg程度で出荷されます。
対して日本では、肉用牛の多くは屋内飼育、つまり畜舎の中で飼育されています。繁殖方法は人工授精が一般的で、9割以上の牛が人工授精され、27〜30ヶ月齢、総体重700kg程度で出荷されます。

また栄養管理も異なります。海外では穀物や飼料を農場で混合しビタミンAを添加して与えますが、日本では霜降り(脂肪交雑)を良くするために、専用の濃厚飼料を与え、牛の体重などの状態によって1頭ずつ給餌の量やビタミンを管理しています。
このように畜産は、各国の気候、土地の広さ、消費者の嗜好などに基づいて、それぞれの環境に適した形で高品質な牛肉を生産することを目指しています。しかし、日本の肉牛は品質を担保するために、海外に比べて圧倒的に手間がかかっていることがわかるのではないでしょうか。
そして、近年は輸入飼料価格の高騰により飼養にかかる費用が膨れ上がり、日本の畜産は大きな打撃を受けています。また、物価高や節約志向の高まりの影響で肉牛の消費量が減少傾向にあることも影響して、2024年には、畜産農業の倒産件数が前年比4.1%増の25件(参考:東京商工リサーチ)に達しました。
このような問題に対して、コスト低減と労力低減を実現するための技術を開発するのが、北海道大学が進める研究のミッションです。究極を言えば、畜産農家さんが畜舎で毎日牛の食事を管理し、環境を整え、体重を管理している状況から、スマートフォン1台で遠隔から管理できるようにしたい、ということです。
放牧の実現に向けた課題
コスト低減と労力低減のためには、畜舎での飼養ではなく、放牧による飼養を促進することも解決方法のひとつとして挙げられます。
もともと牛は、胃の中の微生物が飼料を発酵させる際に発生する熱が体温を保つのに役立っており、また被毛と皮下脂肪による断熱効果で寒さに強い動物です。そのため、冬場でも比較的寒さに強く、冬に屋内に入れなくても一定の寒冷環境に耐える能力を持っています。ただし暑さには弱いため、夏場に涼むための木陰が必要です。
つまり、野草が生えた広大な敷地と程よい木陰、そして牧柵があれば、放牧による飼養は可能ということになります。

このとき課題となるのは、体重や健康状態などの牛の状態の把握と管理、そして適正な給餌(植生・飼料など)です。
牛の状態の把握と管理
牛の飼養においては、牛の体重と体格の把握が非常に重要です。それによって必要な飼料の量を適切に判断したり、出荷時期を見極めて経営計画に反映させるためです。
しかし、現状の屋内飼養においても、大きな牛を一頭ずつ体重計に引っ張って計測するには、かなりの労力が必要です。これは放牧においても同様で、放牧では病気やケガに気づきにくいなどのリスクも高まります。
この課題を解決するため、同プロジェクトで慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科センシング・デザインラボ(神武研究室)が取り組むのが「衛星技術とAIによる放牧牛動態把握技術の開発」であり、KDLでは動態把握のためのデータ収集を支援しています。GPSデータの活用によって牛の位置情報を把握し、行動量や行動パターンのデータを収集、分析することを目的として研究を進めています。データを分析することで病気やケガなどの早期発見につなげたり、行動量を飼料の調整に活かすなどの効果が期待されています。
発信機の開発
KDLでは、牛に付ける、GPS発信器のプロトタイプ開発を担当しました。
まず、位置情報と行動のデータを取得するために、位置測位と加速度データが一度に取得できるGPSマルチユニットSORACOM Edition(以下 GPSロガー)を採用することにしました。GPSロガーで1分間に1回、GPS衛星からの信号を受信しその位置情報を発信、クラウドへデータを蓄積するという仕組みです。
しかしここで真っ先に課題となったのが、バッテリーです。GPSというと、スマートフォンでGPS機能を使って地図を見ながら歩く、などの日常を思い出すのではないでしょうか。私たちが利用するスマートフォンなら1日1回フル充電することは簡単ですが、牛の首輪に発信機をつけるだけでも一苦労の中、頻繁にバッテリーを交換していては、労力低減は実現できません。
一般的にGPSロガーのバッテリーは、使用頻度や環境によって消耗の仕方が変わります。1分間に1回の頻度で測位や通信を行う場合、GPSロガーのバッテリーだけでは数日しか持たず、外部供給電源として市販のモバイルバッテリーを利用しても、実験の結果10日程度までしか稼働を伸ばすことができませんでした。
無線充電など様々な方法を検討しましたが、牛に装着するため重さも考慮する必要があります。そこで、バッテリーの持ちが良く軽量なものを目指して試行錯誤しながら専用のバッテリーボックスを製作し、53日間の稼働に耐えうるものが完成しました。


バッテリーボックスは、その後改修を重ね、さらに小型化・軽量化を目指しています。
後編では、放牧を実現するための給餌の仕組みと開発現場、その他のプロジェクトについてご紹介します。
畜産業を守れ!放牧と飼育の効率化をデジタルで実現する未来を創る(後編)

開発担当:中西 波瑠
エンゲージメントリード

筆者:松丸恵子
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