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畜産業を守れ!放牧と飼育の効率化をデジタルで実現する未来を創る(後編)

神戸デジタル・ラボ(KDL)では、北海道大学を中心に研究開発を進めている、「放牧基盤型飼養のためのIoTと宇宙技術による戦略的スマート畜産技術の開発」プロジェクトに参画しています。

前編では、畜産業が抱える課題と、その解決のためにプロジェクトが実現したいこと、そしてKDLで開発したGPS発信機についてご紹介しました。

畜産業を守れ!放牧と飼育の効率化をデジタルで実現する未来を創る(前編)

後編では、放牧を実現するための給餌の仕組みと開発現場、その他のプロジェクトについてご紹介します。

個体に合わせた適正な給餌

従来の飼育現場では、成長をサポートし高品質な肉を生産するために、それぞれの牛の体重と月齢に合わせて補助飼料を給与しています。
放牧の場合も、草地にある草に加えてこの補助飼料の給与が必要です。
プロジェクトでは、給餌開始時に音楽を流すことで個体識別遠隔自動給餌システムに牛を集め、牛が給餌設備のスタンチョン(牛の首を挟んで安定させるためのつなぎ止め具)に首を入れると、個体に合わせた補助飼料を自動で給与する、という構想を掲げています。

個体識別遠隔自動給餌システムの試作機
試作機のスタンチョンに首を入れる牛

個体の識別

これまでの研究で、放牧牛の耳標(じひょう:牛の耳に装着されるタグ)に記載された個体識別番号を画像認識で識別し、その個体の発育に合わせた補助飼料を与えるという仕組みは完成していました。しかし画像認識では、泥の付着や牛の動きによって耳標が正しく読み取れない場合があり、認識方法の見直しが必要でした。KDLでは、この画像認識に変わる識別方法の選定と識別の仕組みの開発を担当しました。

BluetoothとRFIDを検討した結果、Bluetoothでは電波干渉やバッテリー交換運用の課題解決が難しく、今回はRFIDを採用しました。

RFIDは、RFIDリーダーとICタグの間で電波を送受信し、情報を非接触で読み書きする技術です。個体識別遠隔自動給餌システムのスタンチョンにRFIDリーダーを取り付け、スタンチョンに首を入れた牛のICタグから情報を読み取って個体を識別する、という方法です。

隣接するスタンチョンのRFIDリーダーが誤ってタグを読み取ったり、牛が近くを歩くだけで読み取ってしまうと、正しく給与されません。そこでリーダーの設置場所やアンテナの種類、電波出力などを調整した結果、高い精度で識別可能であることを実証できました。

RFIDリーダーの読み取り実験の様子

本プロジェクトにおけるその他研究

ここからは、当社の担当外ではありますが、その他の研究について一部ご紹介します。

放牧地の草量の管理

放牧牛が1日に食べる草の量は、体重の約10%とされています。例えば、体重500kgの牛の場合、1日に約50kgの草を食べる必要があります(農林水産省より)。

牧草地の草が食べつくされてしまうと翌年の草が生えないので、ほどほどで牛を別の場所に移動させる必要があります。プロジェクトでは、草が食べつくされる前に牛を移動させられるように、地球観測衛星の写真で草の状態を把握する技術を開発しています。

スマホで体重測定

牛の健康状態や出荷時期を見極めるために、体重測定は欠かせません。しかし、牛が自分から体重計に乗ってくれるわけではないので、引っ張ったり押したりと、1頭の測定にもかなりの労力を要します。また、体重計は高価なため所持していない畜産農家も多く、その場合は経験に頼って管理されているのが現状だそうです。
プロジェクトでは、スマートフォンに搭載されたアプリケーションで牛の画像を撮影するだけで体重測定ができるような技術を開発しています。

牛の体重測定の様子。体重計に乗せるのに三人がかり

これが実現すれば、高価な体重計は不要で、且つ体重測定にかかる労力がかなり削減されることになります。構想では、個体識別遠隔自動給餌システムに訪れた牛の画像をカメラで撮影することで、体重データが保存され、飼料の調整や健康管理に活用することを目指しています。

牛の動態把握技術の開発

KDLが開発を担当したGPS発信機により取得できた位置情報などのデータは、牛の性別や月齢、天候や季節、放牧地の草の状況などに応じた行動パターンの解析に活用されます。例えば、行動パターンを肉の品質の評価指標としたり、異常行動から病気やケガを早期に発見するなどの活用を想定しており、慶應義塾大学チームが基盤技術を研究しています。

まとめ

日本の畜産業は、高品質を目指し手間を惜しまない、丁寧な仕事の上に発展してきました。しかし、物価高や人手不足が懸念される中、畜産業を守るには、デジタルを駆使した自動化・効率化とデータによる意思決定が欠かせません。
農業や畜産のデジタル化は、KDLでも様々な支援に取り組んでおり、難しさを痛感することが多々あります。例えば生物や植物は個体差が大きく、同じ環境や条件でも成長や反応が異なることがよくあります。また、天候や土壌の状態などの外部環境から影響を受けやすく、デジタル技術を一律に適用するのが難しいのです。

このような現場の支援は、とにかく現場に寄り添う伴走スタイルで、現場の方々とともに課題解決を考えながら進める必要があります。KDLでは現場との共創によって、課題解決に取り組んでいます。

中西

開発担当:中西 波瑠

エンゲージメントリード

松丸

筆者:松丸恵子

エンゲージメントリード