事例紹介

IoTが拓くスマート畜産 ― 持続可能な肉牛飼育を支える技術支援

北海道大学
研究開発

神戸デジタル・ラボ(KDL)は、北海道大学を中心に研究開発を進める「放牧基盤型飼養のためのIoTと宇宙技術による戦略的スマート畜産技術の開発」プロジェクトに参画しています。
「スマート畜産」とは、センサー技術や情報通信技術、ロボットなどを活用して、畜産の生産性向上や作業負担の軽減を図る仕組みのことです。

本プロジェクトでは、放牧による新たな畜産技術を創り出し、次世代のための持続可能な畜産業を実現することを目指しています。KDLでは、牛の行動データの収集・分析と個体に合わせた適正な自動給餌のための個体識別を担当しました。

日本の肉用牛の飼育現場と問題点

日本の肉用牛の飼養現場では、主に以下のふたつの問題点があります。

1.念入りな飼養管理

日本の牛肉は、品質を評価し価格を適正に保つなどの目的でランク付けがされています。このランクを高めるため、屋内飼養で給餌を厳密に管理するなど海外に比べて労力を必要とする飼養方法が根付いています。

2.輸入飼料に頼りきった飼養方法

近年の輸入飼料価格の高騰により、飼養にかかる費用が増加しています。また、物価高や節約志向の高まりから和牛の消費量が減少傾向にあることも畜産業界に大きな打撃を与えています。

プロジェクトではこれらの問題に対して、肉用牛の飼養現場のコストと労力の低減を図るべく、畜舎での飼養から「放牧」による飼養の実現に取り組んでいます。

放牧を実現するための技術開発

放牧の実現に向けて課題となるのは、体重や健康状態などの牛の状態の把握と管理、そして適正な給餌(植生・飼料など)です。

この課題解決に向けて、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科センシング・デザインラボ(神武研究室)が取り組むのが「衛星技術とAIによる放牧牛動態把握技術の開発」であり、KDLでは動態把握のためのデータ収集を支援しています。

牛の状態の把握と管理

牛の飼育において牛の体重と体格の把握は非常に重要です。しかし放牧における飼育では、屋内に比べて体重と体格の把握が難しく、病気やケガのリスクも高まります。

プロジェクトでは、GPSによって牛の位置情報を把握し、行動量や行動パターンのデータを収集、分析することを研究しています。病気やケガなどの早期発見につなげたり、行動量を飼料の調整に活かすなど、さまざまな効果が期待されています。KDLでは、牛に装着するGPS発信機と収集データの表示システムの開発を担当しました。

動態把握のプロトタイプ開発

牛の位置情報と行動のデータを取得するためのプロトタイプとして、位置測位と加速度データが一度に取得できる「GPSマルチユニットSORACOM Edition(以下 GPSロガー)」を採用しました。GPSロガーで1分間に1回、GPS衛星からの信号を受信しその位置情報を発信、クラウドへデータを蓄積するという仕組みです。

しかしここで真っ先に課題となったのが、バッテリーです。一般的にGPSロガーのバッテリーは、使用頻度や環境によって消耗の仕方が変わります。1分間に1回の頻度で測位や通信を行う場合、GPSロガーのバッテリーだけでは数日しか持たず、外部供給電源として市販のモバイルバッテリーを利用しても、実験の結果10日程度までしか稼働を伸ばすことができませんでした。試行錯誤を重ね、牛への装着負担を考慮し軽量かつ53日間の稼働に耐えうる専用のバッテリーボックスを製作しました。

開発したバッテリーボックス(初期)
地図上に牛の位置情報が可視化された画面とバッテリーの状態を表したダッシュボード
ダッシュボード

バッテリーボックスは、その後改修を重ね、さらに小型化・軽量化に成功しています。

小型化したバッテリーを首に装着した牛の写真

なお、GPSロガーより取得できた位置情報などのデータは、牛の月齢、天候や季節、放牧地の草の状況などに応じた行動パターンの解析に活用されます。

個体に合わせた補助飼料の適正給与

高品質な肉を生産するためには、放牧の場合でも草地にある草に加えて、それぞれの牛の体重と月齢に合わせた補助飼料の給与が必要です。プロジェクトでは、給餌開始時に音楽を流すことで牛を遠隔自動給餌機に集め、牛が給餌設備のスタンチョン(牛の首を挟んで安定させるためのつなぎ止め具)に首を入れると、個体に合わせた補助飼料を自動で給与する、という構想を掲げています。 KDLでは、個体を識別するための仕組みを担当しました。

これまでの研究で、放牧牛の耳標(じひょう:牛の耳に装着されるタグ)に記載された個体識別番号を画像認識で識別し、その個体の発育に合わせた補助飼料を与えるという仕組みは完成していました。しかし画像認識では、泥の付着や牛の動きによって耳標が正しく読み取れない場合があり、認識方法の見直しが必要でした。KDLでは、この画像認識に変わる識別方法の選定と識別の仕組みの開発を担当しました。

今回は、リーダーとICタグの間で電波を送受信し、情報を非接触で読み書きする「RFID」という技術を採用しました。自動給餌機のスタンチョンにRFIDリーダーを取り付け、スタンチョンに首を入れた牛のICタグから情報を読み取って個体を識別します。

隣接するスタンチョンのRFIDリーダーが誤ってタグを読み取ったり、牛が近くを歩くだけで読み取ってしまうと、正しく給与されません。そこでリーダーの設置場所やアンテナの種類、電波出力などを調整した結果、高い精度で識別可能であることを実証できました。

RFIDリーダーがついたスタンチョンに首を突っ込んでいる牛の写真。
RFIDリーダーの読み取り実験

本事例の詳細はブログでもご紹介しています。ぜひご覧ください。

畜産業を守れ!放牧と飼育の効率化をデジタルで実現する未来を創る(前編)